あふれだす

夕べの大雨で
ベランダに置いたバケツいっぱいに水が貯まっていた。
雨粒のひとつひとつは小さいけれど
集まるとこんなにたくさんになるんだね。
水面に映るのは
夏の陽射しを失った曇天の空。
冷たい風にさらされながら
誰に見せるつもりもなくシャッターを切った。
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誰に伝えるでもない言葉が溢れる。
それらはとりとめもなく頭の中に浮かんでは
明け方に見た夢のように淡く消えてゆく。
それらが一番伝えたかったことでもある。
それらがつまり自分だから?
mixi、Facebook、twitter…
つけっぱなしにしていたPCの
いつもの巡回ルートをぼんやり眺める。
たくさんの「友人」が様々に近況を語り
それはとても華やかに見えてきて
自分ひとりが取り残された気持ちになる。
でも実のところは
個が集まり1枚の画面に集約されているから
そんな単純なマジックの種明かしに気づいた瞬間
人間という存在の限界を見たような気がして
なんだかもっと悲しくなった。
ラジオから流れるのはかつて流行った
ジャズのリズムのけだるいポップス。
背伸びして理解のできなかった小説をポケットにしまい
ひとりきりになったエレベーターの中
大声で叫んでいたあの頃の自分が重なる。
どうしたら彼らのミュージックビデオを撮れるか
そんなことばかり考えていた。
自ら押し入れに隠した
安物のエレキベースを再び手にすることもなく。
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伝わらない言葉が溢れる。
それはアイデアとも言えないような
実現しそうもない映像企画の一片となり
誰に見せるでもなくおそらくはまた
HDDの片隅の深い階層のどこかにしまい
いつの間にか忘れ去ることになるだろう。
またか
ああ何ひとつ変わってないんだ。
言葉が嫌いだ。
あがいてもあがいても伝わらない。
何を伝えたかったのだ?と自問自答をはじめると
それすら何だったのかわからない。
悲しいかなその整理作業ですら
言葉でしなくてはならないからだ。
自分は何をしたいんだろう
何がつくりたいんだろう
自問自答は最も嫌いな「言葉」となって繰り返され
それが明確な答えを「言葉」をもってして導き出さねば
誰に伝わることもなく腐っていく。
あの頃、言葉を捨てると決めた自分がいた。
今、言葉に縛られる自分がいる。
あふれだす。