ソ連の挿絵画家

皆さん、インスタレーションという言葉はご存じでしょうか?
僕は不勉強ながら知りませんでした。
ここ最近まともに寝られない程多忙なのですが
(なのでブログも滞りがちでスミマセン)、
「アイデアのアウトプットだけでなくインプットもすべきだ」
という助言の元、時間を作って美術館に行ってみました。
イリヤ・カバコフ『世界図鑑』-絵本と原画-
世田谷美術館にて2008.2.9から4.6

カバコフは56歳まで旧ソ連で児童書の挿絵画家
(崩壊直前に亡命し、現在は前衛芸術家としてニューヨークに移住)
として活動していました。
これは彼の鬱積した、
それでも生活であり日常である
その時代にのみフィーチャーした展覧会です。
社会主義のプロパガンダに使われた絵本などの出版物。
そこでは当然、様々な制約があります。
自由な芸術表現など、許されるはずもない。
彼は仲間の芸術家たちと地下組織を作り「非公認」の自主創作を続けます。
…が、この展覧会は一切そういった作品は展示されていません。
笑顔の労働者!!!
快活な子供!!!
かわいらしい花や動物たち!!!…の数々。
驚くべきことは、そういった枷の中で彼は試行錯誤し、
様々な作風(というか彼の作風というものが存在しないくらい多様)と
様々な挑戦を見せてくれていることです。
統一された強烈な個性は無くひとつひとつはどこかの何かに似てるけれど、
作品がずらっと並んだときにはじめて彼の一貫した努力が見える。
これぞ「職人」。
つい、彼のその「職人時代」を自分自身と重ねて見てしまいました。
勿論、業界批判とかそういう事ではなく、イチ表現者の一生としてです
(このごろ発言が勘違いされやすいので…汗)。
元々芸術とかアートとかそんな気取った言葉は大嫌いですし、
作風の固定によりいわゆる使い捨てとなるのを恐れていることもあり、
自分は個としての作風にとらわれない
依頼主と視聴者を結ぶ職人であろうと心がけています。
それがうまくいったときは、まるで勝訴した弁護士のような充足感もあります。
ただ一方、そういった商業活動を続ける上では
器用さが作用してか「○○みたいな…」という結果を強要されたりと、
フラストレーションが溜まることも少なくないのが正直なところでもあります。
そのバランスをとるためにも、自主制作をしてみたり。
おこがましいですが、シンプルなところでは
近いものを感じていたのかもしれないと思えたのです。
カバコフは今や世界に認められる芸術家だそうで。
そして世に出すことを渋っていたこの絵本たちを展示するに踏み切ったのはなぜか?
というか、渋っていたこと自体、なぜなのか?
インスタレーションは、
絵も写真も映像も言葉も彫刻も立体造形も…全て含め
一定の場所・空間自体をトータルに体感させる現代芸術の手法のひとつだそうです。
カバコフが絵だけの世界、またがんじがらめだったソ連からも飛び出し、
その後の自由な創作活動において世界に認められたというその芸術作品とやらを
いつか見てみたいと思いました。
僕は映像だけにとどまっていていいのだろうか?
どうすればこのカタイ世界は解せるのだろうか?
そんな漠然とした問いを自分に投げかけながら、
砧公園に咲き始めた梅の花を見つめていました。
0307.jpg