プラネタリウム

4限目は割と好きな現国だった。
しかし始まった矢先に教師は言う。
「清水、お前なんでいるんだ?3年の上田が探してたぞ」
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授業を受けたいという稀で前向きな気分を教師自身に害され、
それでも素直にその気持ちを言えぬまま従い、教室を出た。
促されたままに上田という先輩を探しに行くと、
2階の渡り廊下を渡った先にある体育館の入り口で
忙しくダンボールの山を仕分けている見慣れた人物を見つけた。
「上田さん、何スか?」
「あぁ、中入って他校の奴ら手伝ってやってくんない?」
どうやら上田というこの先輩は自分が唯一懐いている人物らしいが、
指示がアバウトなのでも判る通り大雑把な性格である。
そこが一緒にいて迷惑でもありつつ楽なところであるので、
他の生徒達と馴染めない僕はいつも行動を共にしていたらしい。
なので他の者(さらには今回は他校という見ず知らずの者)を手伝うという行為が
とても淋しく煩わしいことに感じて仕方が無かった。
「あなたに呼ばれたと聞いたから来たわけであって、
 あなたを手伝わないのならオレは教室に戻る!」
なんて同性愛者と勘違いされそうな告白はとてもできるわけもなく、
表面上素直に頷き従う。
だが、全くもって状況が飲み込めない。
この上田という男と現国教師という共通点が
部活動の先輩と顧問だという事を思い出す。
そう、おそらくは学校側より授業を休むお墨付きをいただき、
僕は部活動でする何らかの出し物の準備をせねばならなかったらしい!
そんな事は聞いてなかったはずだが。
なぜ、自分だけ何も知らされてないのだ……?
ふわふわと落ち着かない気持ちのまま体育館に入っていくと、
そこは全面のガラス窓を暗幕で覆われ、
いくつかのブロックごとに作業灯で照らされた不思議な空間となっていた。
他校含めて50名程度か。
大勢の生徒達が木製の床を作っていたり、
天井を見上げてスポットライトの調節指示などしている。
その中でも、ステージ付近に鉢植えの花をセッティングしている者達に近づく。
闇雲にわけもわからないまま手伝うよりも
好きになれそうな作業をしたいと思ったからである。
と、そこで床から声がした。
「おいお前、何踏んでだよ。天文やってるならわかるだろ?
 ここは通っちゃまずいことくらい。素人じゃねぇんだからよ!」
そいつがキレている理由がわからなかった。
僕が踏んだのは花ではなく、取り付けたばかりの床板。
どうやら僕は天文部で、他校と共同で体育館にプラネタリウムを作っていたのだ。
と、なぜかそんなことだけが、その時点ではっきりとわかった。
「あぁ、悪い。実は何も知らされてなくて……」
「はぁ?そんなん知らねぇよ、お前の都合でもの言うんじゃねぇよ」
やるべきことがわからずにふらふらしていたこの学校の生徒と、
黙々と作業をしていた他校の生徒。
この状況では至極正論に聞こえる意見を振りかざし、そいつは顔を突き出してきた。
「お前、何年?」
こんな状況でも年齢を気にするんだ、と少し意外に思えた。
わざと笑顔をつくって見下したように答えてみる。
「2年ですけど」
「オレは3年なんですけど」
「はぁ……」
そいつは俄然、責める表情に力が入り、僕の胸ぐらを掴んだ。
おそらく僕のことが実よりも年長に見えていたのだろうか、
同学年だと何か問題が生じるのを気にしていたのかもしれない。
とにかく少しだけ見えていたためらいのようなものが消えたのがわかった。
ちょうどそこで、この阿呆と同学年である上田先輩が割って入ってきた。
「すみません、コイツにはまだ何も教えてないもんで」
「ちゃんとしておいてくださいよ、主催側なんだから」
「えぇ、ごめんなさい」
上田先輩に頭を押さえつけられ、無理矢理お辞儀をしたカタチとなる。
いつだってそうだ。
学生生活は社会の縮図………上下関係、利害関係、建前と本音。
皆が第三者の評価を気にして、確かにその結果が強者弱者の境を形成する。
評価の低い者の中には注目すらされなかったという現実があるのにも関わらず、
その不公平なジャッジはクラス単位などから学校単位へと広がる。
卒業する頃までにはそこで受けた扱いや貼られたレッテルを背負い、
自分は○○なニンゲンです。
という型にはめられた状態で本物の社会へと出荷されていくのだ。
僕は、そんな悪循環から逃れたくてそれでも逃れられなくて、日々くすぶっている。
どうせこの上田先輩だって、使うコマのひとつとしてしか僕のことを見ていない。
だからここは僕の気持ちなど無視して、学校の、さらには自分の建前のために……
そんな思いを巡らせながら頭を下げさせられていると、
「6階に上がってさ、ライト仕切ってるOBの田沼先輩を手伝って」
僕の行き先をようやく具体的に決めてくださった上田大先輩の指示通り、
舞台脇にあった階段を昇りはじめる。
ちらと、まだ頭に昇った血が降りない阿呆が
上田先輩に丁寧ながらも嫌味な言葉を投げていたのが見えた。
足を止めている僕を見つけると、
こちらにアゴをしゃくって「行け」のサインを出す上田。
自分がカッコいいと思ってんのか、と、胸焼けを覚えた。
空を見上げた……そこには空なんてなかった。
あるのはいびつなカタチをした光の斑点が、
やたらと高い天井にちらちらと不安げに揺れるだけだった。
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しかし、体育館が6階建てだったとは驚きだ。
天井までの距離は例えてみれば大きなホテルの吹き抜け部分くらい。
こんな豪華な設備のある学校だったか……?
ぼんやりと驚きながら歩みを進めると階段は次第に閉塞的になり、
薄汚いマンションの階段と同じ臭いがしてくる。
6階に到達するも、入り口が見当たらない。
どうやら6階に行くには5階か7階で入って、内部で昇るか降りるかするらしい。
同じ道を戻るくらいならさらに先へ、と、7階に進んだ。
7階は既に入り口の扉が開いたままの状態になっていた。
そして不思議なのは、そこがちょっとした商業スペースになっていたことだった。
たこ焼き屋、不動産屋、古本屋……
あれ、なんだ。一歩出ればこんなもんなんじゃないか。
フロアに立った瞬間、そんな言葉が頭に浮かんだ。
狭くて息苦しかった学校という建物は、昇るとすす汚れた商業空間だった。
適当に掃除された共用便所からは酸っぱい臭いが溢れ出し、
すれ違った背広姿の大人からは加齢臭とポマードの混じった臭いがした。
電車の音がした。
学生の身分では高すぎる5個600円のたこ焼きを目で追いながら、
不動産屋の先を左に曲がる。
とたんに外光が射し、さらに広がる世界……駅前の交差点が見えた。
暖かい陽射しをまるで光合成のチャンスを待っていたもやしのように
体いっぱいに受けながら、
どこへでも行ける。
そんな気がして心が弾んだ。
僕は、学校も部活も捨てようと決意し、胸ポケットからタバコを取り出す。
その一服は、とてもうまかった。
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……と、午前5時、そんな夢を見た。
記憶を整理して書き出すのに2時間かかった。
さて、もう一度寝ることにする。