会話劇は難しいのです

久々に舞台を観にいった。
僕は仕事柄、役者の方々から観劇のお誘いが多いのであるが、
この頃は意図して全てお断りするようにしている。
チケットノルマの都合だろうけれど
「行けたら行く」というあいまいな約束は効かないわけで。
貧乏監督には仕事が入って行けなくなっても金は戻らないという浪費生活は
とてもじゃないけど送れないもので…ごめんなさい。
今回は特例。実はスタッフです。
まだ続く公演ではあるが、折り返しであるこの時期に
ビデオに記録した上で芝居をチェックしてみようというもの。
モデルが鏡を見ながら自らの表情を勉強するのと同様、
芝居の見直しに関してはビデオ撮影がかなり役立つ。
役者でなくともそれは言えることで、
自分がどんなキャラなのか見定めるためにも一度はビデオで撮ってみては?
意外と思ってるのとは違ってるもんですよ。
成果に伸び悩む営業サラリーマンの方などにもオススメです。
さてさて、その夜は小さなバーが舞台だった。
そこで客席の間近で芝居をするといったごく小規模なもの。
NODA・MAPの芝居を安い後部席で役者と豆粒とを見まがうくらいなら、
こんな息づかいまで聴こえる距離の方が面白いかもしれない。
戯曲は当然、会話中心。
アクションで誤摩化せる代物ではない。
お手軽につくれるようでいて、
実は役者の技量に全てかかっているという厳しい現場。
テンポが早ければよいというものでもなく、
テンションが高ければそれなりに見れるというものでもなく。
正直、演出家も出演者もそれを取り違えてしまっているように思えた。
もし僕がやるなら気をつけるべき点は2点。
まず、
自分が発する言葉の意味を十分に理解した上で間や発声をコントロールすべき。
例えば映像であればアップの画づくりをするところを、
芝居によって観客の両目をZOOMINさせるというような工夫するということ。
さらに、
相手の台詞をちゃんと聴いた上でどう返すかを毎回変えなくてはならない。
これは観客を引き込むためのリアリティづくり。
会話はキャッチボール。芝居もキャッチボールな気持ちが大切。
しかしまぁ、これらが結構、難しい。
ひとつめを意識し過ぎると死んだ芝居になる。
ふたつめを実践しても他の共演者ができていないと噛み合ない。
それはもしかしたら初歩の初歩かもしれないが、
僕が役者活動をしていた頃も
(…といってもまともな仕事を貰えなかったので役者「志望」かもしれない)
乗り越えるのが難しいテーマだった。
あ、ちなみに未来永劫、
自分の演出作品以外での出演やナレーションは致しませんのであしからず。
…でも、金次第かな(笑)。
さてさて、ビデオによる効果はあがるのか?今後が楽しみです。
今回は演劇を作り上げるということがとても身近に感じられ、
僕もちょっと舞台を演出してみたいと思えました。