文章のみ

ここ数ヶ月に渡って、
ある人たちとひとつのプロジェクトを立ち上げることをしてきた。
企業も制作会社も上にいない、有志によるプロジェクト。
そこで感じたこと。
いかに人は動かないか。
集まったのは様々な事情・感情はあれど皆、
何かを変えたい人たちではなかったのか?
一週間寝るな、そして考えろ。
…とまでは強制できないが、それくらい何てことはない。
自主的にそういった気持ちが生まれてくるのが普通ではないかと思った。
実力のある人間が集まれば必然的によき「戦い」が生まれ
作品に昇華されるというのは妄想だった。
僕らは様々な利害関係の上で
生きてくために・食べてくために仕事をしている。
でも「仕事だったらやる」それは間違っていると思う。
間違っていると断言するのは危険だが、そうあるべきではないと思う。
少なくとも、何かを変えたいクリエーターなら。
僕は昔、ミュージシャンになりたいと思ったことがあった。
それはシンガーソングライターとかではなく、
バンドの1メンバーとして。
決してフロントマンになりたいわけではなかった。
でも、バンドをするにはメンバーが必要。
それを集めるには自分の認めるカリスマを求めるか、
自らが作詞作曲・制作もこなしてメンバーを集めるしかない。
前者は見つからなかった。
後者をやるには能力が足らなかった。
というか、そのときは努力が足りなかった。
置き換えれば、独りで絵を描くのが寂しいならば、映像を撮れということ。
誰か有能な監督を見つけてチームの一員になるか、
自らが監督になるか。
僕は現在、後者を選んでしまった。
正直疲れる。
そして寂しさも感じる。
独りでキャンバスに絵を描いているような感覚。
誰か僕を的確に叱り飛ばすパートナーはいないものか。
あるいはミュージシャンみたいに有能はマネージャーはいないものか。
とりえずまた今年も、自主映画を撮ろうと思う。
どんな企画にしようか、悩んでいる。